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アラサー派遣女の聖書読破なるか日記

とくにキリスト教信者ではないアラサー派遣OLです。たくさん読めたら誰かほめてくれ。

Day20:ルカによる福音書6

第6章

6:1ある安息日にイエスが麦畑の中をとおって行かれたとき、弟子たちが穂をつみ、手でもみながら食べていた。

まず気になったのは、皮むいて生で麦を食べてるってことだよね。お腹大丈夫なのかな?かの有名な落穂拾いって事だろうけど、一粒ずつ食べて腹の足しになるのか。フリスクみたいに何粒かまとめて食べたのかな。ぎもーん。

 

6:2すると、あるパリサイ人たちが言った、「あなたがたはなぜ、安息日にしてはならぬことをするのか」。

落穂拾いは労働なのか?

安息日は労働しちゃいけないんだよね。

 

6:3そこでイエスが答えて言われた、「あなたがたは、ダビデとその供の者たちとが飢えていたとき、ダビデのしたことについて、読んだことがないのか。 6:4すなわち、神の家にはいって、祭司たちのほかだれも食べてはならぬ供えのパンを取って食べ、また供の者たちにも与えたではないか」。 6:5また彼らに言われた、「人の子は安息日の主である」。

ダビデもやってるし、安息日については俺がルールだ。とのこと。面白い。

 

6:6また、ほかの安息日に会堂にはいって教えておられたところ、そこに右手のなえた人がいた。

教えをとくことは労働じゃないのかな?

ボランティアか?

 

6:7律法学者やパリサイ人たちは、イエスを訴える口実を見付けようと思って、安息日にいやされるかどうかをうかがっていた。 6:8イエスは彼らの思っていることを知って、その手のなえた人に、「起きて、まん中に立ちなさい」と言われると、起き上がって立った。 6:9そこでイエスは彼らにむかって言われた、「あなたがたに聞くが、安息日に善を行うのと悪を行うのと、命を救うのと殺すのと、どちらがよいか」。 6:10そして彼ら一同を見まわして、その人に「手を伸ばしなさい」と言われた。そのとおりにすると、その手は元どおりになった。 6:11そこで彼らは激しく怒って、イエスをどうかしてやろうと、互に話合いをはじめた。

これはぐうの音も出なくて図星で悔しかったってことでしょう。

安息日っていうのは、物事を変化させるような事は全部だめなのかな?

 

 6:14すなわち、ペテロとも呼ばれたシモンとその兄弟アンデレ、ヤコブとヨハネ、ピリポとバルトロマイ、 6:15マタイとトマス、アルパヨの子ヤコブと、熱心党と呼ばれたシモン、 6:16ヤコブの子ユダ、それからイスカリオテのユダ。このユダが裏切者となったのである。

ネタバレ!!!さらっとネタバレ!!!

 

6:20そのとき、イエスは目をあげ、弟子たちを見て言われた、

「あなたがた貧しい人たちは、さいわいだ。
神の国はあなたがたのものである。
6:21あなたがたいま飢えている人たちは、さいわいだ。
飽き足りるようになるからである。
あなたがたいま泣いている人たちは、さいわいだ。
笑うようになるからである。
6:22人々があなたがたを憎むとき、また人の子のためにあなたがたを排斥し、ののしり、汚名を着せるときは、あなたがたはさいわいだ。
6:23その日には喜びおどれ。見よ、天においてあなたがたの受ける報いは大きいのだから。彼らの祖先も、預言者たちに対して同じことをしたのである。
6:24しかしあなたがた富んでいる人たちは、わざわいだ。
慰めを受けてしまっているからである。
6:25あなたがた今満腹している人たちは、わざわいだ。
飢えるようになるからである。
あなたがた今笑っている人たちは、わざわいだ。悲しみ泣くようになるからである。
6:26人が皆あなたがたをほめるときは、あなたがたはわざわいだ。彼らの祖先も、にせ預言者たちに対して同じことをしたのである。

これは…私なりに、全員が平等になるって言いたいのかなと思った。

100持ってる人が50になると、不自由になったと思うだろうけど、5しか持たない人が50持てるようになったらそりゃ嬉しいだろう。そういうことかな。

あとは、昔は差別なんか当たり前にあって、被差別者は入れない場所もあったんでしょ。それを、差別はいけないから、みんな同じ人間として等しく権利を得られなければいけないってなった時、今まで差別されてた方は、自由に映画館いけたりとか。差別してた方は、空いてていつも真ん中に座ってた映画館が混んでて座れなくなったりする。そういうこと?あれ?私馬鹿みたい?

 

6:27しかし、聞いているあなたがたに言う。敵を愛し、憎む者に親切にせよ。 6:28のろう者を祝福し、はずかしめる者のために祈れ。 6:29あなたの頬を打つ者にはほかの頬をも向けてやり、あなたの上着を奪い取る者には下着をも拒むな。 6:30あなたに求める者には与えてやり、あなたの持ち物を奪う者からは取りもどそうとするな。 6:31人々にしてほしいと、あなたがたの望むことを、人々にもそのとおりにせよ。 6:32自分を愛してくれる者を愛したからとて、どれほどの手柄になろうか。罪人でさえ、自分を愛してくれる者を愛している。 6:33自分によくしてくれる者によくしたとて、どれほどの手柄になろうか。罪人でさえ、それくらいの事はしている。 6:34また返してもらうつもりで貸したとて、どれほどの手柄になろうか。罪人でも、同じだけのものを返してもらおうとして、仲間に貸すのである。 6:35しかし、あなたがたは、敵を愛し、人によくしてやり、また何も当てにしないで貸してやれ。そうすれば受ける報いは大きく、あなたがたはいと高き者の子となるであろう。いと高き者は、恩を知らぬ者にも悪人にも、なさけ深いからである。 6:36あなたがたの父なる神が慈悲深いように、あなたがたも慈悲深い者となれ。 6:37人をさばくな。そうすれば、自分もさばかれることがないであろう。また人を罪に定めるな。そうすれば、自分も罪に定められることがないであろう。ゆるしてやれ。そうすれば、自分もゆるされるであろう。 6:38与えよ。そうすれば、自分にも与えられるであろう。人々はおし入れ、ゆすり入れ、あふれ出るまでに量をよくして、あなたがたのふところに入れてくれるであろう。あなたがたの量るその量りで、自分にも量りかえされるであろうから」。
6:39イエスはまた一つの譬を語られた、「盲人は盲人の手引ができようか。ふたりとも穴に落ち込まないだろうか。 6:40弟子はその師以上のものではないが、修業をつめば、みなその師のようになろう。 6:41なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。 6:42自分の目にある梁は見ないでいて、どうして兄弟にむかって、兄弟よ、あなたの目にあるちりを取らせてください、と言えようか。偽善者よ、まず自分の目から梁を取りのけるがよい、そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目にあるちりを取りのけることができるだろう。 6:43悪い実のなる良い木はないし、また良い実のなる悪い木もない。 6:44木はそれぞれ、その実でわかる。いばらからいちじくを取ることはないし、野ばらからぶどうを摘むこともない。 6:45善人は良い心の倉から良い物を取り出し、悪人は悪い倉から悪い物を取り出す。心からあふれ出ることを、口が語るものである。

6:46わたしを主よ、主よ、と呼びながら、なぜわたしの言うことを行わないのか。 6:47わたしのもとにきて、わたしの言葉を聞いて行う者が、何に似ているか、あなたがたに教えよう。 6:48それは、地を深く掘り、岩の上に土台をすえて家を建てる人に似ている。洪水が出て激流がその家に押し寄せてきても、それを揺り動かすことはできない。よく建ててあるからである。 6:49しかし聞いても行わない人は、土台なしで、土の上に家を建てた人に似ている。激流がその家に押し寄せてきたら、たちまち倒れてしまい、その被害は大きいのである」。

良いこと言うんだね。あ。失礼かな?この辺は没頭して読んだわ。

あなたがたの量るその量りで、自分にも量りかえされるであろう

これ良い。私すぐ人の事批判するから気をつけよう。

安部公房なんかもさ。自分が誰かを見ているその瞬間は、また自分も見返されてるなんて言ってたし。

あの人はきっと容姿コンプレックスがあって、余計見る事について敏感だったんだろう。「箱男」「顔」あたりは分かりやすいよね。

なんか違う話になった。