Day 113:進捗 食べ物の禁忌について聖書から返事が来た
2017.2.2 113日目です。
107日目で、旧約聖書の食べ物の禁忌について、キリスト教はどう考えているのかというのをグダグダクダ巻いていたら、なんと今日読んだ聖書の部分に答えが書かれていました。
コリントの信徒への手紙一
10:25すべて市場で売られている物は、いちいち良心に問うことをしないで、食べるがよい。 10:26地とそれに満ちている物とは、主のものだからである。 10:27もしあなたがたが、不信者のだれかに招かれて、そこに行こうと思う場合、自分の前に出される物はなんでも、いちいち良心に問うことをしないで、食べるがよい。 10:28しかし、だれかがあなたがたに、これはささげ物の肉だと言ったなら、それを知らせてくれた人のために、また良心のために、食べないがよい。 10:29良心と言ったのは、自分の良心ではなく、他人の良心のことである。なぜなら、わたしの自由が、どうして他人の良心によって左右されることがあろうか。 10:30もしわたしが感謝して食べる場合、その感謝する物について、どうして人のそしりを受けるわけがあろうか。 10:31だから、飲むにも食べるにも、また何事をするにも、すべて神の栄光のためにすべきである。
すごいバッチリ書いてある!
お手紙の形式なので、まるでその場で話しかけられているような気持ちになりました。
なるほど。それをどうして行うのか。その意味を踏まえておくのが大切だと。形だけ掟を守っていても、それが他人の良心を踏みにじるようでは意味がないよと。そういうことでいいんですよね?
占いについてゴニョゴニョ言ってた時も、そのすぐ後に読んだ聖書に答えが書いてありました。
聖書ってそういうものなのでしょうか。
答えを求めて読めば、その気持ちに返してくれるものなのかしら。